感想⑳ 2026年4月

      column

      今月はほとんど何もしてなかった気がする。スタジオ入ったりライブしたりで忙しかったし、特に理由も無くぼんやり過ごしてた気がする。言いたいことが何もない月は珍しい。とりあえず書けることだけ書いていきます。

      映画

      『ヨーヨー』 監督:ピエール・エテックス
      友達の家で見た。序盤の無声映画のノリが最後まで続いたらどうしようと思ったけど、最後まで見たらいい話だったし見てて楽しかった。特に言えることが無い。これを見てチャップリンの映画を見たことがないことを思い出して殺人狂時代を途中まで見たけど、なんかめんどくさくなって途中で見るのをやめた。集中力が続かない。面白いのがめんどくさい。この映画も友達と酒飲みながら見たから見れた気がする。映画の感想では全く無いんだけれど、最近急に酒が飲めるようになったからなんか飲む機会を増やしたい。

      これとは別にアンドレイ・ズビャギンツェフのヴェラの祈りを見たんだけどつまんなくて途中でやめた。カンヌでどうのとか、不倫がどうのとか、なんか好きそうだと思ったのにハマらず。父帰るは良い映画だった気がするんだけど、見たのがだいぶ前だから自信が無い。つくづく物語に求めるものは筋書きじゃなくて描写だと思った。嫌な奴にしろ冷めた関係にしろ、それがどんな風にであるかが大事というか、これは音楽にもそのまま言える話な気がする。文脈レースへの批判でもありますが、そういう話は面倒なので省きます。
      最近止まってた∀ガンダムも少しずつ見進めてます。5年振りとかにしてはわりと覚えてるなとは思うけど、富野作品は本当に見返す毎に発見がある気がする。OPの”刻が未来に進むと誰が決めたんだ”ってのは、帝国主義が再興している今から見ると感じ入るものがある。つまり、歴史というものが前に向かって一直線に進む何かであるのなら、それを貫通するものを何とするかによって歴史はいくらでも形を変えられるわけで、場合によっては陰謀史観なんかにも簡単に結び付くでしょう。あらゆるものが関係の中にしかないのなら、時間もある程度相対的なんじゃないでしょうか。黒歴史というものがあったとして、それからどれだけ時間が経ったとしても、それで遠ざかったことにはならないと思う。古典に価値があるとされるのは、過去を巨大な過去の中に散らばって置いて、10年と100年を隣に置くような視点が可能だからでもある。少なくとも人の歴史が真っ直ぐ前に進んでいると思い込むのは、それを貫く何かを暗に認めていることになるわけで、そこに責任が持てないのなら慎重になるべきだろう。
      もう少し普通に内容に触れると、何度も冷凍睡眠を繰り返しながら長い時間を生きて、自分の何代も前からの祖先を知って覚えている人なんてのは、確かに神様みたいなものな気がした。自分のこと忘れないでいてくれる人がいるってのは、生きる意味になる気がするし、それが倫理にも繋がるのは筋が通っている気もする。その上で、役割の疲れを描くのが富野っぽさでもあるような。疲れた女の話をするのが好きですねこの監督は。
      ディアナの神秘と政治が結びついていることも富野理解の上で重要な気がする。逆シャア以降の富野テーゼには民衆と政治をいかに結びつけるか、みたいなのがあって、それを必ず挫折の側から描く自罰的なフェティッシュが90年代の富野由悠季を突き動かしていたものだと思う。Vガンダムで挫折した母系宗教国家を強靭な生命(テクノロジー由来ではあるが)で克服しようとしたのがディアナであるとして、その倦怠が気分として時間的に物語から遊離しているのが面白い。つまり、ディアナだけが一人外側の時間軸にいるのだ。他の全員はなんとなく今を一生懸命に生きているけれど、ディアナは何百年も前から断続的に生きているから一人だけ誰とも共有できない気分を持って生きている。疎外された政治の実体が分裂する男性性から神秘の女性性に転化された後で、その表象を、性と死のディストピアの「冬」から巨大な円環の「秋」に傾くのは、富野の歴史観の変化からきていると見るのが正しいのでは。宇宙世紀の最後という意味は、巨大な一本の歴史の終わりを意味するのではなく、そもそも過去や現在から遊離した存在=ディアナが歴史を相対化しながら一つの季節に閉じていく詩情についての言葉なのではと思ったりもした。まあまだ宇宙に上がる前だからなんとも言えないんだけれど。面白いです。みんな俺とガンダムトークしましょう。

      読んだ本

      本も別に大して読んでない。少なくとも小説は一冊しか読んでない。しかもあんま言えることが無い。今月は本当に何にしてたのか全然思い出せない気がする。

      『楢山節考』 著者:深沢七郎
      だいぶ前に木下恵介の映画は見てて、なんとなく思い出しながら読んだ。小銭を盗んできたから銭やんとか、先祖が短期だったから短期の〇〇、みたいな適当な名づけのノリが良い。
      タイトルは忘れたけど、学校をサボってデートしたり喫茶店で音楽聴いたりし続ける短編が良かった。暴力を振るうやつにはミュージックが足んないんだなってのはまあ俺もそう思う。

      これだけ。Xにもポストしたけどこの本が面白かった。識字率の上昇で記憶の場としての碑が一気に広がると同時に、西洋から来た彫刻がそれを台座にするようになった結果、場を形成する広告としての公共彫刻が乱立するようになった。その彫刻が公共=ネーションのナラティブを形成しながら、その台座の上に乗るものが戦争の前後で一気に置き換わるけれど、日本の近代化の本質は変わってないみたいなのが一章のざっくりした話だと思う。最後にアニメキャラクターの話にもちょっと触れてたけど、公共空間に現れるアニメキャラクターを彫刻の側から見るのは面白いと思った。この本では多分両さん像とか鬼太郎像の話ではあると思うけれど、日本の街中に現れる身体を強調した少女イラストの広告を是とする公共性は、日本人というナラティブを読み解く契機にはなると思った。三章の保存されたレーニンの遺体を彫刻と読み解く下りなんかも面白かったし、暇な人は読んでみてください。

      音楽

      今月は音楽をよく聴いた気がする。自分の本業は音楽なのだから、ここ一年じゃ一番健全だったとも言えるのでは。印象的な曲の話をいくつかします。

      光の方へ – kanekoayano

      最近出たライブ盤を聴いてから今月はずっとカネコアヤノを聴いてた。なんでもないバンドサウンドではあると思うんだけど、なんでもなさは強度でもあると思うし、自分の問題に真っ直ぐな音楽だと思った。村上春樹の小説を始めて読んだときと似たような感動がある気がする。世間で言われているようなイメージは間違っていないんだけど、それにはこちらの身構え以上の奥行があるというか。なんでもない弾き語りの楽曲を肉付けしていったような曲群はどれも的を外してないし、ズレの無い淡泊なものでもない。必要なものは全部入ってるし、下手な恣意は入り込んでない。美学が言語的でないものにあるんじゃないかと思うけど、話が抽象的になりすぎる。とにかく今月はよく聴いてます。かみつきたい、とがる、タオルケットは穏やかな、も好き。この間出してた坂本慎太郎みたいな新曲も良かった。

      Neighbours – The Bats

      80年代のニュージーランドにダニーデンサウンドと呼ばれる音楽シーンがあって、情報が遅れているからか微妙に周縁化されたシーンで、こういうヘロヘロで美メロみたいな音楽が流行ったらしい。雑な理解。詳しくは調べてください。しかし遅れているが故に逆に90年代っぽさが出ているような感じとか、アメリカ・イギリス以外でシーンを作るってのはこういうことだよなとか思ったりした。正直時間軸と音楽で語られるのって基本その二国が中心の歴史観ではあると思うし、別に最先端を目指さずとも自分たちの勝手なルールで音楽をやれていればそれが豊かさとは言えるでしょう。ペイズリーアンダーグラウンドとかザムロックとか、最近話題の東京ロッカーズとかもまあそうなんじゃないでしょうか。
      しかしこの曲は美メロだ……。

      Bite – The Chills

      ダニーデンのあり得ないバンド名のバンドの、全然チルくない曲。やかましくてもなんとなく歌が良いのに愛嬌があって好きだと思う。

      Don’t Catch Fire – Toy Love

      この曲も凄い。シャラップ!って、あり得ないでしょ。音質も悪くてバタバタしてるのに、何故かしっかり歌う。元気があって大変よろしい。

      Transatlantic Love Song – The Jean Paul Sartre Experience

      バンド名も曲名も意味不明だけど、めっちゃ良い曲。素朴で泣ける歌だ。ドラムも変でカッコ良い。他の曲はなんか変な曲ばっかりなのに。この曲も良い。

      Walking Home – Tall Dwarfs

      何を思ってこの音で行こうと思ったのか不明。だけど何故か良い。ダニーデンのFlying Nunってレーベルから出てる変な音源聴いてくの凄く楽しいのでおススメです。

      Crazy Rhythms – The Feelies

      今月はフィーリーズもよく聴いた。美メロなポストパンクなんだけど、音をちょっとしか入れないのがカッコ良い。この曲も最初に歌ったと思ったらさっさとやめて、ワンコードの反復の上をちょっとずつ音を抜き差ししていくんだけど、その抜き差しがとにかく微細。足したと思ったらすぐに抜くし、緊張というよりも楽曲全体に抑圧がある。でも歌は綺麗で解放的だからカタルシスがあるし、嫌な気はしない。クラウトロックとかポストパンクの盛り上がり切らない感じをなんと表現するかは大事な気がした。緊張感って言葉は流行るけど、自分としては抑圧の方が馴染む気がする。まあ使い分けだけど。
      しかしこの曲はクールだ。CANのファーストとかの感じをもっと熱くしたようなイメージ。抑圧を乗りこなすような涼しさがある。
      このバンドはカバーもたくさんするバンドで、ベルベッツのカバー音源だけで一枚アルバム出してて、そのスタンスもカッコ良いと思った。カバーが多いバンドって好きなんだけど、カッコ良さの理屈はあんまりピンと来てない。多分楽曲に対する態度が軽そうで良いなってことだと思うんだけど。

      今月はだいたいこんな感じ。自主企画の予約開始したんで、暇なときに予約してください。なんとなくバンドやってる人に来てほしい気がする。別にやってない人にも来てほしいけど。音楽好きな人に来てもらえれば。二カ月前からソワソワして仕方ないです。不安はたくさんあるんですが、とりあえず一回はライブをやれるんだからまあ頑張りたいと思います。

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