感想㉓ 2026年7月

      column

      PSP Socialのライブも無事に終わって、今月は色々と活動的だった気がする。ライブも普段よりたくさん見に行った。その代わり映画は一本も見なくて、このブログを始めてからは初めてのことだと思う。元々映画の感想を忘れないために始めたものだから、まあ時間の流れみたいなものを感じなくもない。最初の方の記事なんか恥ずかしくて読み返したくない気がする。
      メレディスモンクの映画を見たいのにまだ見に行けてなくて、結局ブックオブデイズも見に行けなかった。雨が降ったり気持ちが沈んでたりと色々理由はあるけれど、映画に対する気持ちが前よりも下がってるんのは間違いないと思う。急に具合が悪くなるもまだ見に行ってない。城定秀夫が石井隆の脚本を映画化するって話もあるけれど、これは流石に見に行きたい気がする。しかしまあ、電車に乗るのも映画館に閉じ込められるのも全然好きなことではないから、近くなったら何かと理由を探し出す気がしなくもない。読んだ本の感想、見たライブの感想、ぐらいだとなんだか寂しくなる気もするからなるべく横道に逸れてみるのも良いかもしれない。言いたいことはたくさんある。

      読んだ本


      『白痴』 著者:フョードル・ドストエフスキー
      6月の末ぐらいから半月かけて読み切った。面白かったけど長すぎる。長編はしばらく読みたくないかも。カラマーゾフの兄弟よりも少し好きな気はするけれど、別に大きな違いがあるとも思えない。一章の最後でナスターシャがガーニャを嘲弄するところが自分的にはピークだった。
      長編ってハマれば楽しいけど、基本的には気持ちが続かない気がする。よっぽど他にすることが無い奴の趣味なんじゃないかと思わなくもない。一週間ぐらいで一気に読むか、三カ月ぐらいかけてゆっくり読むかのどっちかが良いんじゃないかと思うけど、自分の趣味や生活からしてそれは現実的じゃない気もする。別にそれなりに読んでて楽しかった気はするけれど。

      『日本文学全集 椎名麟三』 著者:椎名林三
      深夜の酒宴、無邪気な人々、自由の彼方で、神の道化師、美しい女、寒暖計、媒酌人を読んだ。良かった。自分の中にあるものをそのまま読んでいるような、勿論それは思い違いなんだろうけど、とにかく気分の上での共感でそのまま読み切れた気がする。そういう読み心地は珍しい。
      マルクス主義というものに触れた時、そこにある思想をまず自分の外側のものとして、謂わば科学的な意味においてのみそれを読める人は恐らくこの思想に惹かれないんじゃないかと思う。つまり、そこで語られる批判的な思想は、武器のように見えるけれど実際は文学なんじゃないかというか、意味を超えたところにある共感に拠って成り立つ思想なんじゃないかと思わなくもない。
      これは左翼的、ということにもそのまま置き換えて言えることだと思う。俺はこれを悪いことだと思わないけれど、思うことの外側に立ったような言葉と、実際的な人間との間に齟齬が生じるから、ある種の人々にとって左翼というものは疎まれるんじゃないかと思う。別に左翼思想が実際には文学であったとして何の問題があるんだと思うし、思想というものはその方が正直なんじゃないかとも思うけど、人によってはそれが矛盾に見えるのもわかる。統合できないものだけが真実に思想的なんじゃないかと自分は思うけど、だからこそ言葉の扱いは慎重にならなきゃいけないのが左翼的ということなんじゃないかと最近は思う。あんまり簡単な物言いばかりで大きな塊になろうとするのは良くない。バラバラのままではなんでいけないんだろうと思うけれど、それはそれで不安なのもわかる。
      椎名鱗三に話を戻すと、自由と言う言葉の取り扱いが明らかに実存の話に置き換えられていて、つまりこの人にとって社会的な抑圧は全て自分の内面で発生している問題として処理されているように見える。高次の不貞腐れのようにも見えなくもないけれど、しかしまあ人生をかけて不貞腐れるのも意思の力と思えなくもない。理不尽に対してどう戦うのかという問題を前に、不貞腐れて見せるのも一つのユーモアだろう。自由の彼方での主人公が、取り返しのつかない愚行に身を任せる際に感じるあの自由は、人生に対するアイロニーなんだとすれば、生きていることも本当は全部冗談なんじゃないかと思えなくもない。それをまあ一つの自由と言ってみたい気持ちもわかる。
      小説として好きだったのは神の道化師と美しい女で、神の道化師の哀感は類を見ないものがあった。経験として身に覚えが無いわけでも無い。社会から認められていない大人の、それ故の素朴さというものはあって、そういう人から受ける施しは子供にとって癇に障るものであると同時に、貰えるものは貰っておきたい卑しさもあるから、どこか共犯的に成り立つんだと思う。勿論長続きはしないと思うけれど。先輩バンドマンぐらいの話にしてみたらそれなりにみんな見覚えがあるんじゃないかとも思う。若い人好きのおじさんは危ない、みたいな話はなんとなく思うところがあるでしょう。
      後なんとなくこれは男性的な話にも思うけれどどうなんだろう。椎名鱗三全体に言えることな気がするけれど、これについては雑な推論も立てられそうにない。なんとなくそう思った。まあ古い作家だから女性は外に追いやられてる感じがするのも事実だとは思うけど。社会から認められなかった大人の、諦めきれない自己意識の寂しさを、どこか自分にも抱えているような気分はまあ男の慰めと言っていいのかも。
      長くなると面倒だから美しい女の話は簡単に済ませる。現実的、というのがつまり啓蒙的で無いということ、概念として捉えられたものの取りこぼしを憂いている意味の言葉なんだとすれば、第一次戦後派としてはこれはまあ本当に命がけの小説なんじゃないかと思う。あんまりこういう褒め方も好きじゃないけれど、まあ人生の重みというものはある気がする。最近読んでる本を読みながら少し思い出した。
      七月はこれにハマったきっかけで転向文学を読もうかと思って中野重治を読んでみたりしたけれど短編二つ読んだだけでやめてしまった。期待してたよりもハマらなかった。時期を置いてまた読んでも良いかも。右翼的なものを読もうと思って友達から借りて太陽の季節も読んでみたけど、表題作でお腹いっぱいだとも思った。三島由紀夫よりは好きかもしれないな、ぐらいの感想。虚無に対して、肉体で挑めると素直に信じ切ることは俺にはできない気がする。しかしまあ人間的ではあると思った。昭和的なものって、とどのつまりこれのことなのかもとか雑なことを考えた。

      聴いた音楽

      今月は主体的にライブを見に行って、それで楽しめることの多かった月な気がする。印象的なライブの話はなるべくしたい。自分のライブが終わってから音楽に対してかなり前向きになれてる気がする。人の演奏を見るのが楽しい。

      Deerhunter – Nothing Ever Happened

      いきなりこれかいとかは思わなくもない。なんとなく聴いた気になってるバンドの聴いてないアルバムを聴こうと思って聴いた。この曲は今月多分一番聴いた。ちょっと掴みにくいベースのリフがカッコ良い。1stから順に聴いてこのアルバムが一番好きだったような。多幸感というか、感動的で良いですね。一番新しいアルバムはなんかウィルコみたいなで良くなかった。別にわかってることの再確認は必要ないだろうけど、これに影響受けてるバンドは多いだろうなと思う。

      Black Market Karma – Stepping Loose

      元からわりと好きなバンドで、ライブ音源が出てたから今月はよく聴いた。カッコ良い。こういうクールな感じは憧れる。憧れるだけだけど。この曲が入ってるアルバムは出て時によく聴いた気がする。なんでもなくて良いバンドだと思う。

      betcover!! – NOBORU

      レコーディングの帰りに古山くんに教えてもらってよく聴いた。良い曲だと思う。これの前のアルバムと後のアルバムを聴いて見たけど、それはやっぱり好きになれなかった。単純に洒脱な音楽が好きじゃないんだと思う。まあこれはなんとなく真っ直ぐだし、歌詞も良いと思った。こういう明るい曲を作りたい。楽しくてちょっと愛みたいなこと歌ってるみたいな曲に憧れがある。

      見たライブ

      2026年7月7日 Wet Floor 中野MOONSTEP
      次の日の仕事が朝早かったから最後まではいられなかったんだけど、この日のピーポーズのライブは本当に良かった。
      パンクバンドのダイブって文化としてもう擦り切れているというか、楽しい約束事として自分たちは既に見慣れたものでしかないけれど、そんなに客のいない、隙間の多いフロアでこれを過剰に行うことは単純に危険だし、意味不明だという当然のことをまず目の当たりにした気がする。言ってしまえば、その危険さも含めた遊びであるのがライブハウス的なお約束であるんだろうけれど、これって簡単に壊れることでもあるし、それで初めて意味の生まれるものであるはず。
      何度も床に激突するボーカルに面食らってるうちに、他のメンバーも飛び込んでくるようになって、もうめちゃくちゃな騒ぎなわけだけど、普通に怖いし危ないから誰も毎回は支えようとしないわけで、そうしてるうちに本質的に痛い思いをしてとんでもない表情をしながらステージに戻るボーカルのカンフー君の表情に、笑いが畏怖に裏返る瞬間を見た気がする。認識が裏返る瞬間なんて言い方をすれば、音楽を志す人の多くは目指してるものであると思う。
      もう少し褒めると、それが可能になるのはそもそも曲が良いからだよなとも思う。彼らの曲は機能的というか、飛び跳ねる瞬間とか身体を動かしたくなるような隙間が音楽としていくつも用意されているから、こういう過剰さに向かっていけるわけだよなとかまあそういうことを考えた。ベースがいないのも、結果的なものかもしれないけれどそういう軽さを持ったものとして悪くないんじゃないかと思った。最初にやってた弾き語りの曲も良かった。音源化してほしい。

      2026年7月27日 うおお月例演奏会 第三回
      うおおと宮坂遼太郎さんが共演すると聞いて見に行った。良かった。細かい部分でも褒められるところはたくさんあるだろうけれど、この日の演奏はそういった部分を超えて、音楽の持つ驚きに満ちた感動にとって、即興演奏のプリミティブさを真っ直ぐ感じることができた。作曲されたものの持つさもしさを、自分の曲に感じたりもした。各人のキャラと言うか、うおおというバンドが純粋に良いんだとも思う。彼ら四人の空気があるんだと思うし、演奏に対して真摯であるだろうから、宮坂さんみたいな手練れをスッと受け入れられるんだろうなとか、まあこういう褒め方は言葉の上のもので意味を持たない。
      前後編両方良かったけれど、後編のブルースセッションみたいになってる時間に、普段ベースを弾いてる石原くんが後ろに回ってコード進行を取ってるのが単純に彼らはそういう技術も高いんだと思って素直に関心した。自分にはそういうことはできない。その上で、その状態が崩壊した後の尾を引き方も面白かったように思う。即興演奏って作曲よりも恣意的なものが嫌に入り込みやすい部分があると思って、そういう及び腰を持たないから彼らの音楽は多くのものを含めるんだなとか思った。
      恐らく来月もまた見ることになるから、それも楽しみにしてる。

      今月はだいたいこんな感じでした。PSP Socialのライブは良い演奏だったとは言えないと思うけど、まあこれからだろうとも思う。四人になるってのは簡単な話じゃない気がするけれど楽しくもある。年内にアルバムを出せたら御の字だろう。ライブも11月ぐらいからやれたらとは思ってるけど、どうなるかはわからない。来年からは普通に活動してるバンドみたいになれたら。
      nagakoさんとモールス水のライブも良かった。どっちももっと見れる機会が増えたらいいなと思う。nagakoさんはソロで京都以外に行くのは珍しいと思うし、モールス水はカッコ良いのに全然ライブをやらないから、どうにか人目に触れるようになって欲しい。
      パンフレットで書いた文章について友人からもう少し具体的な名前を出せと言われて、それは実際その通りだと思ったし書いておけば良かったと微妙に後悔もしてる。まあベルセデスメンツとかはわかりやすくそうであるし、彼ら以外にもポップなものを掲げたり目指してるバンドのほとんどはそう。補足の方ではGEZANとかそれに並ぶある種の左派的バンド群の話を書いたつもりだったんだけど、これについては今はあんまり掘り下げるべきではない気がする。直接彼らと交流があった友人もいるわけだし、思うところはそれぞれ色々あるだろう。どちらかと言えば彼らに批判的だった自分が機に乗じてあれこれ言うのは良い事じゃない気がする。
      今月は頸部という即興ユニット?に参加して、久しぶりに即興のライブをしてそれも楽しかった。お世辞にも良い演奏だったとは言えないと思うけど、自分にとっては良いものになった。しばらくは人と一緒に演奏する機会を増やしたい。即興なりセッションなり言い方はなんでも良いけど、誘ってください。俺も誘ったりしてみようと思います。


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